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美濃の刀匠と歴史
刀剣から見る吉野山
「吉野山」 関刀匠の刀祖大和伝の故郷、大和吉野山は桜の名所として有名です。その御歌の吉野山とは、「大和伝の刀と桜花」を意味して、見立てて表現している。
「雪の刃」 「刃雪」「雪」焼き刃の(沸え・匂い)を意味している。
「花の吹雪」 沸え・匂いが(吹雪き)のように、散ってついていることを意味している。
別名、飛び焼き、または皆焼きとも言う。
「雪の吹雪」 刀剣の代名詞。沸え、匂いが吹雪のように、散ってついていることを言う。 
≪例え≫(濃州関住兼則・他新刀)
「山これが山」 刃文を意味している。
「雪山」 刀の鋩子に沸えが多く積もる様に見えることを言う。
「ええがな」 いいなー・良い(関の方言)
「雪教え」 笹の葉に初雪が降ったように、真っ白な沸え、匂いが豊かにつくことを言う。
「霜華」 刃文が純白で美しく輝く初霜の花にたとえた。
「秋水」 刀の澄み切った光を秋の濁りない水にたとえた。前者・共に刀剣の代名詞です。
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松尾芭蕉と宜竹と吉野山♪〜
先にも紹介したが、持論であるが、刀からの鑑定と、御歌「吉野山」の歌詞の意味から、おそらく地元、春日神社、吉野山の御歌は、美濃鍛治七流の起源、江戸初期から、寛文頃には、現在の様式の神楽の御歌・吉野山は歌われているのではないか。 関鍛治中興の時、俗世が平和で華やぐ時代になりつつある時であった。

宜竹は竹の一節切使って尺八とした物が宜竹はこの名手で名工であった。 別名(藤三郎)。

その一節切の代表の歌に「吉野山」がある。
その歌詞は、「吉野の山を雪かと見れば、雪ではあれで、や、これの、花の吹雪よの」
この句は、事実をふまえたものとされている。 春日神社の御歌なども「吉野山雪かと見れば花の吹ぶきかな」と解釈されいるが、事実、神楽「吉野山」の歌は類似しているが意味が異なる。

芭蕉の句に「まず知るや宜竹が竹に花の雪」芭蕉が、延宝5年(1677)34歳の作。
「待つ花や藤三郎が吉野山」延宝7年(1679)36歳の作がある。
芭蕉が当時の流行歌の、名人宜竹の尺八で(吉野山)を聴いていると、吉野の桜吹雪が目の前に迫ってくるようだと。芭蕉は宜竹を贔屓にしていたようだといわれている。
一節切りまたは一節切り尺八の代表歌がある。
その歌詞「吉野山」に一節切りの名工で名手の宜竹が奏でる名曲はどのような調べだったでしょう。
♪♪〜♪〜♪♪〜 それ等と、春日神社の、吉野山と同じ曲?
春日神社の吉野山の奉納舞いは、江戸時代頃から現在の神楽様式に変わった可能性がある.。現在の獅子頭は、寛政に作られている。
この以前の獅子頭(現在保存)は推定江戸初期の作であろう。古くは、鹿頭で鹿の舞いであったが、この様なことから、奉納舞の御歌「吉野山」は、以前から、あったとも思われる。例え、江戸時代頃から吉野山が引用であれ、如実に、郷土の文化・歴史の意味に、相応しい、歌に作られている。
故郷、刀祖に感謝し楽しく舞った事だろう。長年、伝承して舞続けてきたことを、誇りに思う。
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一休さんも、一節切(ひとよきり)
中世から江戸中期まで尺八といえば、節をひとつだけ含み、現代尺八より短い一節切でした。有名な一休さんなども愛用していた。

戦国時代から江戸にかけての武将などにも一節切(別名・ひとよきり)は愛好されていました。なお、一節切は江戸中期に廃れ、それ以降は使用されなくなったようです。

現代のような根を使った尺八が出るのは元禄以降からと言われています。
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